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第2回 酒蔵の変化:灘五郷をケーススタディとして

1-1.プロローグ

第2回は日本酒をつくる酒蔵建築についてです。酒蔵というと伝統的な大きな木造建築を思い浮かべると思いますが、実際には木造蔵は少なくなり生産施設としてその姿を大きく変えています。そこで近世より現在に至るまで酒造業が地域を形成してきた灘五郷を調査対象とし、酒蔵がどのように変化してきたのか、地域性がどのように変化しているかを見ていきたいと思います。


1-2.どこにあるの?

灘五郷は西宮市から神戸市にかけての東西ほぼ12㎞の地域で、東から今津郷、西宮郷、魚崎郷、御影郷、西郷と五つの郷に分かれています。酒蔵は主に国道43号線以南に集中し、昔の海岸線に沿って分布しています。その蔵元の数も年々減少し1970年頃には70社を越えていましたが、現在では40社に減少、その内自社で醸造を行っている蔵元が約20社となっています。そこで調査協力を得られた15社を対象に醸造蔵の構成、所有建物の実地調査及び酒造工程に沿ってヒアリング調査をし考察を行いました。
 

                     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2-1.伝統的酒造業って?

酒造は米と水を原料としており良質な水を得ることができる土地を必要とします。

灘五郷は、立地条件及び恵まれた自然環境がきわめて酒造に適していました。酒造に最適な宮水の存在、酒造好適米が六甲山系の後背部より得られたこと、水車精米の発達、桶や樽の材料に使う吉野杉、優秀な丹波杜氏の存在など有利な条件が揃っていました。冬季には六甲おろしを生かした寒造り酒を開発し、それへの集中化によりこの地域の酒造業は発展してきました。

 

           

 

 

 

 


2-2.伝統的木造酒蔵のすごさ!

伝統的木造酒蔵は「重ね蔵」と呼ばれており、北側に大蔵を南側に前蔵を連ねるものでした。冬季には北側から六甲おろしが吹き付けるので窓の開閉による温度管理を行い、また二棟を重ねることで夏期には南からの日差しを前蔵が遮り大蔵に貯蔵された酒の腐敗を防ぐ機能を果たしていました。さらに伝統的木造酒蔵の構成は「蔵前」と呼ばれる桶などの干場の広場が設けられていました。その他に住宅、蔵人のための「会所」と呼ばれる生活の場所が用意され、生産施設としてだけではなく共同生活の場所として認識されていました。  

 

             

 

 

 

 

 


2-3.酒造と地域の関わり

酒造業は複雑な工程をまたぐため、酒造家が地域の業者を仕事場に集め、分業に基づく協業という形態で生産に従事させていたようです。さらに冬期への集中化を計っていく過程で農閑期のみに訪れる多くの蔵人や関連産業との連係が存在しました。その他にも運輸業、水屋、臼屋、桶樽問屋、薪炭業などさまざまな業種が地域に成立し、酒造業との関係性を保っていました。酒造業は単独で発展したわけではなく、この地域との有機的な連関によって成立し灘五郷を形作ってきました。

灘五郷酒造業は立地条件を活かし地域風土に根ざした酒蔵を創出し、地域との密接な繋がりとともに発展してきたことがその特質といえるでしょう。このような酒造工程と建築、地域の結実した姿が灘五郷には存在していました。


3-1.酒造りの流れ

大きく分けると精米工程、仕込み工程、製品化工程と流れていきます。精米工程は玄米から酒造に適さない物質を削り落とし、仕込み工程は白米を洗米し浸水させ蒸し上げる白米処理工程、麹と酒母を用い糖化と発酵を同時に行う醸造工程、もろみを絞り原酒を殺菌、貯酒する貯蔵工程に分かれています。製品化工程では容器に詰め出荷するものです。   
 

 

 

 

 


3-2.酒造りが機械化された?

工程の基本的な流れに変化はありませんが、時代の流れに伴う工程内の変化が前述の伝統的酒蔵の特質を失わせる契機となっていきます。

①四季醸造の成立 戦前までは酒具も雇用条件も昔のままの延長で、各工程には担当の蔵人が充てられ作業、原料の運搬ともにほぼ手作業で行われていましたが、1950年頃から高度成長に合わせて、四季醸造の気運が起こり年間を通した醸造が行われるようになりました。

 

②工程の機械化 酒造技術が大きく近代化に向かい、1956年の蒸米放冷機の登場を契機に酒造道具も急速に機械へと変わっていきます。麹室にて手作業で菌を繁殖させていた製麹は1963年に自動製麹機へ、木船に酒袋を並べ行われていた圧搾は1966年に自動圧搾機に、木製の甑を用いていた蒸米では連続蒸米機が考案されます。現在でも一部に手作業を残す(b)醸造工程や(c)貯蔵工程が見られるものの(a)白米処理工程にみられるように各社規模は異なるが工程の大半は機械化されています。

 

③工程間の機械化 人が担いで行われていた原料や水の運搬は1970年頃にエアシューターが考案され、各工程の機械化から約10年を経て工程間の機械化が整い酒造工程の革新は一応の終止符をうつ。

 

④酒具の変化 酒造工程の機械化が進む過程で桶や樽に代表される酒具の素材も木製から鋼鉄製のものへ変わってきました。

 

 

 

 

 

 

 


3-3.酒造りはこう変わった!

①設備的温度管理 室内環境設備により年間を通した四季醸造を可能としています。現在は冬季醸造を行う蔵元も含め、12社が冬季に寒気を取り込むといった建築的な配置や開口による温度管理ではなく、設備による人工的な温度管理を行っています。
 
②レイアウトの変化 工程の機械化により人と空間を膨大に必要としていた各作業は省力化していきます。洗米や圧搾の工程の一部が別の場所で行われるなど、道路をまたいで原料を圧送させるパイプが多く見受けられ、工程間の距離、位置関係の自由度を高めています。
 
③屋外工程の成立 もろみ仕込みと貯酒の工程は主に室内で行われているが、7社が屋外タンクを併設しています。もろみ仕込み、貯酒ともに屋外タンクのみで醸造を行う蔵元も存在するなど、温度管理が重用視されるこの2つの工程が屋外に飛び出し建築を必要としない装置に置き換わっています。
 
④干場の消失 現在木製の酒具はほとんど見られず、鋼鉄製のものが使われています。木製の酒具は使用後に洗浄、乾燥の処理を行うための干場が設けられていましたが、鋼鉄製に変わり現在では干場は必要とされていません。
 

 

 

 


4-1.変化する酒蔵

①酒蔵のRC造化 江戸期に酒造が始まり地域風土に根ざした伝統的木造酒蔵が創出されてから酒造工程の変革が行われる1950年頃までに竣工された酒蔵は比較的小規模な3蔵となっています。木造以外にもRC造のものがありますが、注目すべき点は構造に関わらず酒造工程の配列は平面的に行われ冬季醸造により風土的な造りを継承していることにあります。つまり酒造工程の変革が起こるまでの間は構造が木造からRC造へと変化していく。しかし素材の変化にとどまり伝統酒蔵の空間構成に変化はなかったといえます。
 

②酒蔵の立体化 1950年頃から生産量の拡大に対応するために面積効率を追求し、酒蔵は立体化が望まれ工程間の機械化が立体的な工程配列を可能にします。さらなる生産性の追求は、1963年に灘で初めて四季醸造設備を伴う立体蔵に始まる。しかし、この頃建てられた10蔵中7蔵が伝統的酒蔵の特徴である北側窓、蔵前(屋上)を踏襲していることからも分かるように完全に設備は整っておらず、桶や樽が依然使用されていたといえます。

 

③酒蔵の設備化 1970年頃以降は屋外タンクに表わされるように設備の強化に重点が置かれていく。屋外タンクを併設する酒蔵は11蔵ありますが、9蔵が1970年頃までに建てられた立体蔵で後に屋外タンクを設置し設備の更新を行っている事が分かります。酒蔵は仕込み、貯酒の温度管理をいかに行うかによって成立していましたが、ここで屋外タンクに取って代わっています。酒蔵は新しく必要とされず生産施設として技術的側面を強化し設備の更新に重点が置かれていきます。


4-2.酒蔵タイプ

酒蔵の変化は工程の変革による工程配列の変化にそのまま対応しており、以下の3タイプに分けられます。

①伝統型(4蔵) 小規模な酒蔵のため工程の配列が平面的な酒蔵です。冬季醸造で寒気を取り込む風土的な造りを行い住宅や蔵前を残す伝統的な酒蔵といえます。内1蔵は平面的工程配列であるが震災後に建てられ四季醸造を行っています。

 

②立体型(4蔵) 立体的な工程配列がそのまま酒蔵の構成に現れて、RC造による立体蔵になっています。伝統的酒蔵と同じく北側に数多くの窓があり、屋上には蔵前に代わる大きなスペースが設けられています。しかし、近年になって建てられたものには蔵前及び北側窓は設けられていません。

 

③屋外タンク型(11蔵) 立体的な工程配列で仕込みあるいは貯酒が屋外タンクで行われます。RC造の立体蔵に屋外タンクを設置しているものが多いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


4-3.酒蔵群の変化

伝統的木造酒蔵は1蔵で酒造工程が完結するため酒蔵が1単位となり、生産量の拡大は酒蔵の増加を表していました。しかし1950年頃から酒造工程が機械化され四季蔵をもつことで蔵の減少にも関わらず、生産量は延びていきます。この生産量の拡大に対応するために瓶詰、貯酒蔵が別に必要となり分化し建築を持つにいたります。酒蔵が設備更新され屋外タンク型へ移行し大型仕込みが行われるとさらに生産量は拡大し醸造蔵は集約化されていきます。ある蔵元では戦前には300人の蔵人によって53蔵で5万石の生産量でしたが、現在は30人の社員によって1蔵で15万石生産しているようです。このように酒蔵が設備化され集約すると共に蔵前、会所、住宅が消失し工場化の様相を呈してきました。   

 

 

 

 

 

 


5-1.酒蔵変われば地域も変わる?

酒造工程の変化は風土的であった酒蔵を装置的な姿に変え、その過程で地域性が変容しています。図は現酒蔵と1965年に酒蔵であったものが現在何になっているかをまとめたものです。1965年に蔵元は70社ありましたが現在、40社に減少しています。その内19社は集約、休業のため酒蔵をもっていません。このように酒蔵の消失した跡地にはマンションが、集約による跡地には広大な敷地一面を利用した大型店舗が多く見られます。これらの土地は売却されたわけではなくそのほとんどが賃借され、近世より広大な土地を擁する灘五郷酒造家の特徴である不動産経営を示しています。土地利用に酒造関連産業は西郷の桶屋数軒となっており、酒造業が形成してきた有機的な連関はすでに失われてしまったといえます。   
 

 

 

 

 

 

 

 

 


5-2.酒蔵が向かう先は?

酒蔵の集約により余った土地は不動産経営の基盤となっていますが、一方で酒造業の観光化への取り組みが盛んに見受けられ調査対象の15社中12社が観光施設を有しています。その内容は資料館、記念館、販売、飲食、多目的ホールなど多岐にわたり各蔵元がさまざまな施設を設けています。その建設手法は伝統的酒蔵を復元したもの、古材を使い建設、和風に新設、既存建物に組み込むものが見られ、他にも煙突や塀や井戸を設けるなど趣向を凝らしています。特に西宮市では西宮の特性である宮水の井戸場を震災後に協同で1つの井戸場として修景するなど蔵元が主導となり地域の観光化を図っています。他にも飲食、販売、記念館など複合した施設が多く、灘に比べると酒蔵地域が住宅地や商業地と連続しているため各蔵元の施設が観光スポットとして成立しています。


5-3.パッケージ建築

酒造業の形成していた有機的な連関は現在では失われましたが、近年の特徴としてかつての地域の姿を取り戻そうと酒蔵に伝統的木造酒蔵の和風意匠を施すといった景観への配慮が見受けられます。新設ではALCパネルなどにツートンカラーで吹付けし、白壁、杉板をイメージさせるといったものや、立体型のものに外壁塗装を加え和風酒蔵に変化している例も見られます。これは醸造蔵に限らず分化した貯蔵蔵や瓶詰蔵、さらには事務部門などにも和風意匠が施されています。この傾向は酒蔵の類型間に関わるものではなく酒蔵の酒造工程とは関係性のない変容であるといえます。

この和風意匠を纏う傾向は地域の酒造とは関係のない施設にも浸透し始めています。西宮ではあまり見られないが、コンビニ、マンション、駐輪所、他業種の社屋などあらゆる施設が酒蔵を模しています。これは大石南町まちづくり協定(西郷)、新在家南地区まちづくり協定(西郷)、魚崎郷地区・景観形成市民協定などにより行政が主導で町の景観整備に奮起しているようです。他にも酒蔵を繋ぐ「酒蔵の道」を整備するなど町の景観に対する取り組みが続けられています。

 

 

 

 

 

 

 


6.まとめ

灘五郷は酒造業が地域の形成に深く関わり、近年まで伝統的酒蔵の密集する風景がそこにありました。酒蔵は生産施設であるために技術的側面によって成立することは明らかで、酒造工程の変革により酒蔵は風土的なものから装置的なものへと変化を迫られてきました。

時代の流れに伴う技術の革新は土着的、風土的であるはずのものがその必要性を失っていくことですが、風土性を失おうとしているものの方向性が各地で議論の対象になっています。灘五郷では震災により早められた変化に対して風土的特性を失った酒蔵は、文化的、観光的側面を持ち合わせ伝統的木造酒蔵の和風意匠を纏うなどして成立し、新たな価値観を見いだしています。さらに酒造工程とともに形成されていた風土性や季節性といった特質を失った地域も酒蔵の文化的、観光的側面を地域のアイデンティティとして受け入れ、新たな灘五郷の風景を形成しようとしています。これは失われた有機的な地域連関をもう一度繋ぎとめようとする姿勢のように思われます。

以前の職住近接による酒造と地域の密接な連関は失われましたが近年、集約された酒蔵跡地にはマンションが多く建てられ新しい住民が増えているのも事実です。装置化された生産施設を要する酒造業ではありますが、依然エコロジカルな非工場型の産業であるという特質を維持しており酒造という生産行為は人と共生できるものといえると思います。灘五郷は酒造家が現在も市街地に広大な土地を有しており、その土地利用は生産と人が共生するという新たな地域連関を得られる可能性を有しているのではないでしょうか?